ルーティンの限界

一般
生活
振り返り
習慣化

2026年2月2日

マイブームが習慣化・生活のルーティン化であることは以前触れた通りだ。起床時間、朝のタスク整理、ジム、食事記録、毎日の振り返り——かなり細かくルーティン化している。

この目的は、1日を送る上での変数=意思決定の回数を減らし、リズムを整え、「毎日」安定したパフォーマンスを発揮することだ。項目によって期間はさまざまだが、長いものは半年以上、短くても1ヶ月以上は継続できており、自分の中である程度最適化した結果だった。

ところが、突然ぱったりと、これらを無視したくなるタイミングが訪れる。特に、この週末は「タスクの棚卸しとタイムボクシング」に向かうことすら億劫になっていた。

半年間、予定ややりたいことで埋まっていたGoogleカレンダーが久しぶりに空っぽになった。

きっかけは、水曜・木曜と続いた会食だった。胃と肝臓がダメージを受けている自覚はあったが、カロリー超過を取り返したくて1時間の徒歩帰宅を選んだ。その結果、寝不足・二日酔い・胃腸の不調が土曜まで尾を引き、精神も参っていた。自業自得。

8時にはアラームが鳴ってしまうので土曜日も起床し、直前まで悩んだが、チケットを取っていたカンファレンスに参加するため中野へ出発した。お昼はスタバのコーヒーを2杯飲んで自分を誤魔化すも、イベントの最後までは精神・体力両方がもたず帰宅した。

タイムボクシングの習慣で生まれた「帰宅後も何かやらないといけない」という強迫観念が強いストレスになり、満身創痍の身体はそれを受け付けず、とうとう考えることをやめた。

液晶はしばらく見ないことにして、読みたかった本を手に取ったり、久しぶりに湯船に浸かってみたり、「自分を労る」っぽいことをやってみた。土曜日の夕方だけでは回復が足りなかったようで、翌日早朝に目が覚めてしまい、その後もいつもの習慣を無視してぼんやりと過ごした。

週末にやるべきだったこと・やりたかったことを顧みると、悔やまれる点は多い。

しかし、「何もやらなかった」ことに対してそこまでネガティブな感情は抱いていない。身体の危険信号は、それまでの生活や習慣の不備を見つけられるきっかけになり、多くの学べることがあると考えているからだ。

まだ綺麗にはまとまっていないが、今回であれば以下のような点を反省・意識すべきだと思っている。

  • カロリー追跡にこだわる余り、帰宅時間が遅れてでも徒歩を優先し、結果的に体力の低下と睡眠不足の両方を招いたこと
  • タイムボクシングに囚われすぎており、「休日でやるべきこと」を定義しすぎてしまう傾向がある。
  • 「余白の時間」もある程度あった方が、優先度は低いが自分にとって大切なことに向き合える

そもそもの話、「毎日同じだけのパフォーマンスが出せる生活設計」というのは現実的には無理だとも気がついた。仮に365日全く同じことをするとしても、「365日間燃料切れを起こさないような一定のペース配分」の解を走りながら出せるだろうか?当然、毎日何かしらのイベントや外部要因に左右される状況なら尚更不可能だろう。

そう考えると、今回の燃料切れは生活を営む上で当たり前のものでしかないのかもしれない。と割り切ることにして、明日以降のやり過ごし方をまた考える。

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